22時、昔の上司の笑顔が浮かんだ。【ギフトと私の物語】#01

2024.2.29

「言えないけど、伝えたい」「見えないものを、形にしたい」。そんな想いをのせてくれるのが、ギフトだと思います。Talk with _ のチャイは、「休む時間」や「話すきっかけ」を贈るためのギフトです。

このコラムでは、贈りものとそこに込められた想いや思い出にまつわるエピソードを、Talk with _ ライティングパートナーのひかるがお届けします。

主任がくれた言葉や時間が、私を助けてくれた。

マグカップを見ると、思い出すことがある。かつて勤めていた職場でのことだ。

大好きな主任の旦那さまが倒れたと聞いたのは、いつも通りに出勤した朝だった。

当時、私が勤務していたのは東北の部署。所長からの説明で、主任は早くに旦那さまが住む東京へと戻り、病院へと急いでいること、この事務所に戻れるのはいつか、見通しは立っていないことを知った。

確かこの日は主任のお誕生日の、3日くらい前だったと思う。

私は当時、入社2年目。業務に慣れ、できることが増えたのはいいけれど、引き受けた仕事を効率良くこなすスキルは全くなく、残業に苦しむ毎日。

主任は、そんな私をいつも温かくフォローしてくださった。

悩みを一緒に考えてくれたり、よく飲みにも連れて行ってくれた。大失恋した時も、連日一緒にご飯を食べてくれた。

「あなただったら、どこでもやっていけると思うよ」何度も、はげましの言葉をくれた。

主任のお誕生日が近づいた頃、絶対にプレゼントを渡したいと思った。忙しくても毎日私たちのことを気にかけてくれる主任。ひと息つく時間をすごしてほしくて、落ち着いたデザインで温かみのある、マグカップを贈ることにした。

喜んでもらえるだろうか?主任ならきっと、いつもの温かい笑顔を見せてくれるはずと、ささやかな贈り物を手渡す瞬間をワクワクと想像していた。

ところが、冒頭に書いた突然のできごと。

それぞれの仕事をしながらも、旦那さまの容態がどうなるのか、気が気ではない1日を過ごした。2〜3日後、無事一命をとりとめ、徐々に落ち着いていると聞いてからは、やっと安心することができた。お誕生日は、とっくにすぎていた。

戻ってきた主任は、少し疲れた様子だった。けれども不安な顔も見せず、いつも通り、笑顔で仕事を片づけていく。終業時間になり、みんながお見舞いの言葉をかけながら退勤していく。やがて、事務所には主任と私だけが残った。

こんなに大変なときに、プレゼントなんて渡していいものか?と悩んだのはほんの一瞬。デスクでさくさくとお仕事をしている主任へ声をかけた。

「主任、お渡ししたいものがあって。この前、お誕生日でしたよね……?」

「いいの?これ、くれるの?」

包装紙から出てきた、ころんとした焼物のマグカップ。かわいい!と手にとり、嬉しそうにいろんな角度から眺めていたかと思えば、主任の表情は徐々に歪み、眼鏡の奥からは、涙がこぼれていた。

「ありがとう、ありがとうね……」

それ以上、言葉は出なかった。ただ、それまで抱えていたものが、一気にあふれ出した瞬間であることだけはわかった。

贈りたかったのは、ほっとする時間。

その後、旦那さまは快方へ向かい、無事に退院。主任はしばらく、平日は東北、週末は東京を行き来するハードな生活を送っていたけれど、予定していた任期より早めに関東の部署へ異動することになった。

「これで、旦那さんと安心して暮らせるね」と、みんなで送り出した。とても寂しかったけれど、それがいいに決まっている。

数年後、私も関東の部署での勤務が決まった。

主任はたくさんのご馳走を用意して、先輩と私を自宅に招いてくれた。旦那さまにもお会いすることができた。「僕が元気になれたのは、みなさんのおかげです」と、感謝を伝えてくれた。

そして「これ、あなたがくれたものだよ」と主任が私に見せたのは、あのときのマグカップ。
みんなでまた笑って話せる日がきて、本当によかった。

マグカップを見ると、思い出すことがある。
あのとき贈ったマグカップ、今でも使ってくれているといいな。
大事な人と、ほっとひと息、できていますように。
お気に入りのカップにお茶を淹れながら、そんなことを思った。

やふそ ひかる

就労支援や発達障がいのあるお子さんのサポートなど、福祉の現場でかれこれ10年くらい働いています。働くこと、休むこと、生きることって、言葉にできないことばかり。でもなんとか言葉にして、そのむずかしさや尊さをわかちあえたらいいなと思います。